新宿駅前で叫び声
10月初旬、ケアプロ訪問看護師の荒生は、夜間の訪問看護の帰りに新宿駅で叫び声を聞いた。
21時を過ぎた帰宅ラッシュの中、何十人もの人垣ができ、よく見ると倒れている人がいた。
自然と身体が動き、掻き分けて中に入っていく。
外国人の心肺停止
中年男性がポツンと倒れ、本人と周囲の群衆との間に一メートルの空白があった。
「私は看護師です」と言って、踏み込んでいった。
脈は触れず、呼吸もしておらず、瞳孔も開いていた。
家族の方々は、日本語が通じず、シンガポール人のようで、英語で、自分が看護師であることを伝え、何があったのかを聞いてみると、10分ほど前に倒れて、救急車は呼んでもらったということだった。
歌舞伎町の新宿ガード下の近くで倒れていた
思いもしない野次
荒生が心肺蘇生をしていく中で、周囲からは野次もあった。
「変に触らないほうがいい」
「テレビではこういう時はそっとしておいて、横向きにしたほうがいいって言ってた」
など。
正直、それらに一つ一つ対応できず
「私は医療従事者なので、落ち着いてください」と言って取り掛かった。
チームワークで乗り越える
「内心は、時間がたっていたので、正直厳しいかもしれないと思った」
通りがかりの医学生と看護師も合流して、交代で心マをした。
喀血もあり、周囲から「触らないほうがいいのでは」「血が出ていますよ」と言われたが、チームで心マを交代でし、周囲への説明もしていった。
そして、AEDを駅員が持ってきて、ショック適応で2度行ったところ、救急車が到着したのでCPAであることと経緯を伝えた。
救急隊が「CPAだ」と叫び、救急の除細動器を持ってきてもらって実施してもらった。
夜まで取り調べのようだった
消防から「この人が第一発見者だから、病院に連れていって」と。
「えっ」と思った。
実際には連れていかれなかったなかったが、その後、警察からの聴取があり、「身分証明するものを出して」と言われた。
事件性がないかを調べたいのは分かるが、30分くらい聞かれた。
帰宅後の24時頃にも再度電話があり、事情聴取があり、どっと疲れてしまった。
「もう寝るのに―」「さっき話したのに―」と思いながら丁寧に対応した。
心残りは家族のケア
改めて、当時のことを振り返ると、家族へのケアには心残りのことがあった。
荒生が到着した時は、家族が動転して、本人に覆いかぶさっており、看護師としては心肺蘇生をしなければならず、少し離れていただくように説明し、警察がご家族を引き離したが、実は心残りだった。
せめて、近くにいて声をかけてあげたかった。
「救命対応として何が正解だったのだろう」
消防からの表彰
10月末に消防から連絡があり、一命をとりとめたということで表彰されることになった。助からなかったら、表彰はなかったようだった。
当然だが、表彰よりも嬉しいことがあった。
「命を救えて何よりだった」
「純粋に嬉しさと驚きがあった」
都心でも救急車の到着が15分
荒生は、日本の救急体制に興味を持つようになった。
大病院が多い新宿都心でも救急車の到着には時間がかかり、そして、何より、多くの人だかりがあっても、AEDが近くにあっても、正しい知識と技術と勇気をもって救命ができない現状を肌で感じた。
「地方は搬送時間が長いがどのようになっているのか」
「今後、病院から在宅にという流れの中で地域の中での救急救命は万全なのか」
訪問看護が地域救急を担う可能性
訪問看護師は自転車などで地域を回っており、倒れている人に遭遇する可能性が高く、ケアプロだけでも度々遭遇している。
医療依存度の高い方が、病院から地域にかえってくる中で、家の中でも倒れているところを訪問看護師が発見することもある。
「看護師としてgeneralistにあこがれて訪問看護師になったので、救急救命についても勉強を深めていきたい」
「死亡確認のために病院に行くことも多いが、ある意味で、在宅で対応できたらいい」
中野区にも訪問看護師が180名ほどおり、地域の中で、街中や家の中で、誰かが倒れた時に、訪問看護師の力が活用される仕組みがあると新しいセーフティーネットになるのではないだろうか。
これからの地域では、どのような救命リスクがあるのか、どのように対応する必要があるのか。
2020東京オリンピックに向けて
「これから2020年東京オリンピックが来るのに大丈夫だろうか」
「今回、外国の方だったらか、周囲の人も手を差し伸べなかったのかもしれないと頭によぎった」
これから外国人が東京には沢山訪れるが、言語の壁もあり、「外国人の救命」にどう対応していくのかはテーマだ。
そして、首都直下型地震などの災害時のことも考えなければいけない。
編集後記
12月29日の荒生の仕事納めの夜間訪問前に、新宿駅で、当時のことを語ってもらった。
ケアプロでは、「儲かるか、制度に触れないかではなく、本当に社会に必要か」という行動指針・価値観を大切にしているが、まさに体現していた。
また、在宅医療事業部のミッションやビジョンに、看取り難民を救うモデル提示があるが、地域救命の課題と解決モデルを考えるきっかけとなった。
そして何より、答えは現場にあり、現場の問題から目をそらさない荒生のような人財がいることをケアプロの仲間として誇らしく思った。
夜間訪問前の荒生@新宿歌舞伎町にて