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2019.12.17

代表ブログ

三田評論

慶應義塾の三田評論の今月のテーマは、「在宅ケア」を考える、でした。
下記、執筆させていただきました。

ビジネスとしての訪問看護事業とは
川添高志(かわぞえ たかし ケアプロ株式会社代表取締役・塾員)

今、成長期にある訪問看護事業
訪問看護事業所数は、現在一万カ所程度あり、人口一・二万人の地域に一カ所の計算になる。市場の成長は、図にあるとおり、平成五年からの創造期、平成十二年からの停滞期、平成二十三年からの成長期の三つに分けられる。人口減少時代において市場が縮小する業界が多い中で、訪問看護事業は伸びており、さらに二〇二五年までには二倍の訪問看護師が働くことを日本看護協会としては目指している。

訪問看護事業の経営主体は、大企業や医療法人、個人の看護師が立ち上げた法人などがあり、中には訪問看護事業で上場した企業もある。株式会社が、病院を直接経営することはできないが、訪問看護は株式会社が経営できる。訪問介護等は介護保険のみを使うことができるが、訪問看護では医療的ケア児や若い精神疾患やがんの患者もいるため医療保険も使うことができる。このように医療保険を使えるサービスを株式会社が運営できるようにするほど、政府として市場の力を活用している。高齢者数は、二〇四二年から二〇六〇年にかけてピークを迎え、今後二十年、三十年かけて市場が成熟していくため、中長期的な戦略を持って今から投資していくことが求められている。

(図:訪問看護事業者数の推移)

訪問看護のビジネスモデル
訪問看護利用者は月間六十万人おり、大まかにいうと月五回利用し、一回一時間で、一万円(本人負担一千円から三千円)が基本的な構造であり、市場規模は三、六〇〇億円程度である。訪問看護事業所一カ所当たりの看護職は常勤換算六名で、一人あたり売上は六〇〇万円程度である。事業者によっては、一人あたり売上が一〇〇〇万円以上のところもある。地方の看護師は車で片道一時間の道のりで一日三件だが、都心の看護師は自転車で片道十分程度の道のりで一日六件のところがある。

どんなビジネスにも先導者がいる。訪問看護に関しては村松静子さんという方だ。私は、看護医療学部一年の時に授業で村松さんの講義を聞いた。村松さんは、病院から退院する患者にボランティアで訪問看護を始めると、後に自費でお金を払う人が出てきた。村松さんが訪問看護を有料で開始したときは、「看護をビジネスにするな」と看護界から非難された。それでも村松さんは患者のニーズに看護は対応していく必要がある、という信念で、訪問看護の事業化を進めていったという。

これに政府も注目し、村松さんらのサービス内容を調査し、公的保険が使えるように制度が整備されていった。今では訪問看護を誰が作ったのかを知る人は少ないが、どの事業においても最初に井戸を掘った人への尊敬を忘れてはいけない。

昨今は、市場環境が変化し、医療的ケア児や精神疾患患者、がん末期の患者の需要が増えている。特に、社会保障財源の制約の中で、病院から退院する人が増え、在宅の受け皿が求められるようになってきている。病院での終末期医療の医療費がかかることと国民が、自分の最期は住みなれた自宅でと希望していることから、自宅や老人ホーム等の「在宅看取り」が推進されている。そのようなことから私たちは十年、二十年かけて、次代の訪問看護事業を創っていく必要がある。

訪問看護の公的財源は、税金や社会保険料から捻出されており、不要なサービス提供はできない。そのため、利用者に必要十分なサービス内容と量を見極めて提供する必要がある。そして、可能であれば、訪問看護が必要ない状態まで自立して訪問看護の利用を終了していただくことが望ましい。現在の診療報酬や介護報酬では明確な成果報酬制度はないが、質の高いサービスを提供することは利用者や家族、連携先の医療機関やケアマネジャーの信頼を得ることにつながる。また、それは働くスタッフのプロとしての誇りになる。

次代の訪問看護の先導者を目指して参入
私は二〇〇五年三月に看護医療学部を卒業し、経営コンサルティング会社や大学病院での勤務を経て、二〇〇七年十二月に「ケアプロ」を起業した。最初は、ワンコイン健診という予防医療サービスから展開した。

そして、二〇一一年三月十一日の東日本大震災のボランティアを通じて、「看取り難民」が孤立死する問題に直面し、これは高齢多死社会における日本の縮図ではないかと考えた。在宅医療が普及しなければ、孤立死が増えてしまう。二〇二〇年に看取り難民は三十万人になると推計されおり、訪問看護師一人あたり年一〇人を看取るとすると、三万人増やす必要があった。訪問看護師を増やし、孤立死を防いでいくという志をもって訪問看護事業に参入した。

訪問看護師を増やすための一手
訪問看護業界を分析すると、病院に比べて、看護師の平均年齢が四十七歳と十歳以上高いという特徴があった。小児や精神、がん等の様々な疾患・障害を持った患者に一人で訪問するため、経験や技術が必要であり、ベテランでなければ難しいというのが常識であった。

一方で、毎年五・五万人の新卒看護師が生まれる中で、一九・六%がいずれは訪問看護等の地域医療に関心を持っていることも明らかになった。大学や看護学校での看護教育のカリキュラムが進化する中で、訪問看護の実習が普及し、関心を持つ学生が多くなっていたのだ。ただ、受け皿となる訪問看護事業者は、教育プログラムや教育予算がないため、新卒の看護師は受け入れていない。つまり、病院で教育してもらった看護師を「仕入れている」という構造であった。

しかし、どの業界においても、産業として自立していくためには、最も重要な経営資源である人材を自前で調達していくことが求められる。そこで、当社では新卒訪問看護師の育成に取り組み、全国で新卒や新人の訪問看護師が三人ずつ増えれば、全国一万箇所の訪問看護事業所で三万人の訪問看護師が増え、看取り難民を防ぐことにつながると考えた。

トヨタが四輪自動車を作った時に、欧米諸国から笑われたというが、日本政府の応援もあり、日本の自動車産業はさらに大きく成長し、外貨を稼ぐようになった。訪問看護の人材育成についても、ゼロから育成できるノウハウ作りが必要だった。

そこで、ケアプロでは、二〇一三年から新卒?採用を始め、これまで一二名を育成してきた。一人あたり三〇〇万円の投資をして、一人前に育てていく。先輩と一緒に、一日三件程度同行訪問をして、少しずつ、単独訪問できるようにしていく。夜間待機をするようになると、一〇〇人以上の患者の中から電話がかかってくる可能性があるため、様々な疾患や状態の患者に対応できる能力が必要になる。大学院で教育を専門に学んだ看護師らと共に、社内でノウハウをまとめ、教科書として出版するまでに至った。

それまで、新卒訪問看護師を採用し、育成することはタブーとされていたが、聖路加国際大学や全国訪問看護事業協会とともに、新卒訪問看護師の育成ガイドラインを作成し、全国の訪問看護事業者等に対するセミナーを行った。

その結果、全国で二〇一三年は年二〇名程度しか採用されなかった新卒訪問看護師が、二〇一九年は三〇〇名以上が採用されている。新卒訪問看護師の採用ができるようになることで、経験年数が浅い既卒の訪問看護師の採用も進んでいる。厚生労働省や自治体も、初めて訪問看護を行う看護師を採用した事業所には教育補助金を出すようにもなった。

量から質の時代へ
訪問看護は、公的保険サービスであり、価格が一定である。通常のビジネスでは、「質は低いが低価格、質は高いが高価格」と、価格戦略を取れるが、公定価格のため、同じ価格であるにもかかわらず質にバラツキが出やすい。
昨今の訪問看護利用者が求めることは、「二十四時間、何かあった時に対応してくれる」「症状が重くなっても対応してくれる」といったことだ。弊社は訪問看護事業の職員が五〇名で規模が大きく、多様な利用者様のニーズに対応できるため、お断りしなければいけないほどになってきた。今後、事業者の質の見える化は進み、選ばれる時代になっていくだろう。

また、現在は、看護師が五名程度という事業所が多く、一〇名で大規模と言われる。大規模の事業所のほうが二十四時間対応しやすく、多様な専門性を持つ職員がいることで質も担保されやすく黒字経営が多い。ただ、大規模にするための成功要因は、マネジメント職が複数いることであり、一人の管理者や経営者でやりくりする個人事業主では限界がある。そのため、企業化していくことが求められている。弊社にも規模拡大やM&Aの相談があり、群雄割拠の中では、生き残りをかけた戦略が必要となっている。

進化し続ける訪問看護ビジネス
公的保険による訪問看護では、自宅へのサービスは提供できるが、一緒に旅行や買物、通院、通勤、冠婚葬祭などに付き添いをして欲しいというニーズには対応していない。そのため、旅行や買い物等に看護師の付き添いを希望される方は、全額自己負担となる。弊社でも、永六輔さんから外出支援をご依頼されることもあったり、病や障がいを持ちながら、自由に外出したい方が多いことを知った。

一方で、一時間一万円の支払いが簡単にはできない人が多く、手軽で、かつ、質を担保した、外出支援に関する新たなビジネスが求められ状況もある。

弊社では、移動介助が必要な方と看護師等をダイレクトマッチングする予約システムを開発している。サービスを立ち上げてすぐに、ニューヨーク在住の日本人の方から、日本で一人暮らしをされているお母様の外出支援を依頼された。ヘルスケア人材が不足する中、シェアリングエコノミーの考え方で、日本中の看護師やヘルパー等が、隙間時間に副業をして、移動支援ができるとよいと考えている。個人として仕事を請けることで、価格を一時間三千円程度に抑えることができる。

慶應と訪問看護
慶應では訪問看護は行っていないが、学校法人で訪問看護に参入しているところもある。また、社中には慶應または慶應出身者による訪問看護サービスへの期待もあるだろう。慶應病院の患者の中にも訪問看護を利用している人は多く、『三田評論』の効果で、さらにニーズは高まるだろう。筆者個人としては慶應が訪問看護でも社会を先導することに微力ながら貢献したい。